重力ピエロ
「ピエロが空中ブランコから飛ぶ時、みんな重力のことを忘れているんだ」
(単行本P75より)




半分だけ血の繋がった弟は、電話で「兄貴の会社が放火されるかもしれない」と告げる。
繰り返される放火と、暗号。そこに隠された真実とは…。



 これは…、私の下手な紹介なんて読むよりも、是非是非是非、手に取って頂きたい作品です。いや、本当に。作品が良すぎて、感想を書く言葉が陳腐以外の何物でもない(苦笑)。

 ミステリ、ではありません。ミステリ的要素はあるけれど、それは読者に解かれることを前提として書かれた物語なのだと思います。
 そういうあたりや、テーマの取り方なんかは、舞城王太郎にも通じるものがあるのではないでしょうか。勿論、書き口は全然違うのですけれど、どちらも他には真似できない文章なあたりはやっぱり似ているかも。
 決して優しいだけの物語ではなくて、人間の厭な部分とか醜い部分が端的に突きつけられたりもしますけれども。それでも胸に沁みるというか。

 淡々とした、けれども印象的な文章を重ねて創る世界が、ひとつの風景画のように心に残ります。切なくて暖かい。このひとの言語感覚が、私はとても好みです。





<!以下、ねたばれです!>






 前に読んだ「陽気なギャングが地球を回す」も良かったですけれど、こちらのほうが好みです。伏線というか、エピソードの回収はやはりお上手で、会話の洒脱さも心地良い。

 春は一種の潔癖症なんだと思います。別にラクガキを消しているからというわけではなくて(笑)。なんか、いろいろなものに対する姿勢が、真っ直ぐ。でも、実は人間の「善」を信じていないというか、信じられないんでしょうね。だからガンジーを尊敬するし間違いではないと言いながらも、それを肯定できなくて、自分で手を下す。なにかひどく真摯なものを感じます。
 でも、そういう絶望的なものと同時に、暖かいものを感じるのはなんでだろう。

 春の奇妙なノートの理由とか、レンタルビデオのところは、ちょっと泣きかけました。春の、「ジンクスに拘る」という性格がそこまでにしっかり描かれているから納得できるというか。春のことに限らず全体的にそうなんですが、何気無い(ように見える)エピソードが、しっかりキャラクターの「人間性」を形づくっている感じ。

 あと私が好きなのは、「だってさ、人殺しを手伝ってくれって言ったら、兄貴は手伝った?」に対して「手伝ったさ」と答えてしまうくだりや、泉水が「お守り」というあたり。
 泉水さんは、カッコウと鶯のあたりから読むと、春とは別の意味でひねくれてもおかしくなさそうな気がするんですが、たぶん春の「お守り」でいられたから、今の泉水がいるんだろうな、と思ったくだりです。

 キャラクターと言えば、ご両親、特にお父さんが格好良すぎますね!春を妊娠したことを告げられたときの「自分で考えろ!」のエピソードとか、「自分に似て嘘が下手」というところとか。

 そしてラストの一文。冒頭と同じ、あれが余韻になっていて好きですね。


←戻る