アヒルと鴨のコインロッカー
「俺の夢なんだよ。動物園から、動物を逃がすんだ。夜中にね」
(文庫版P212より)




引っ越し先の隣人は言った。「一緒に本屋を襲わないか」。
目的はなんと一冊の広辞苑。そんな話に乗る積もりはなかったのに、何故か僕は今、モデルガンを持って本屋の裏口に立っている。



 一冊の本の為に本屋強盗をする話?
 あらすじを書こうとするとずいぶん難しいのですが、本屋を襲った河崎と、その手伝いをしてしまった椎名、それから2年前の河崎と琴美とドルジの物語。

 相変わらず淡々と、さらさらと話が進んで、綺麗に伏線が回収されて、収まるべきところに収まっています。ストーリーも上手いし、キャラクターもとても良いです。まず最初が広辞苑の為に本屋さんを襲うシーンというのがもう引き込まれますね(笑)。
 何を書いてもネタバレになりそうなので、もう読んでみて下さいとしか言えません。

 伊坂作品には、なにか、価値観がないという感じがします。価値観というか…、例えば安直なものでいえば「勧善懲悪」だったり、その逆だったり。その作品世界の根底にある価値観。そういうのが芯にある作品の方が多いと思うんですけれど、伊坂作品にはそれがない、あるいは稀薄。
 でも、だから読んでいるこちらがそれに対して色々な事を感じるんだろうなあ、と思います。何かの答ではなくて、ただ事象を提示しているような(…うーん、意味不明ですね…)。





<!以下、ねたばれです!>






 途中まで読んで、まずは「やられた」と思いましたね!河崎=ドルジというのは気がつきませんでした。違和感はあったんですよ、「河崎」の描写に関して。でも解らなかった、騙された。相変わらず鈍感です。あとから思えば、「カワサキ」の「カワ」がどちらなのか明言しなかったのは、ドルジも解らなかったからなんだろうなと思ったり。

 2年前と現在が交互になっているのに、こんがらがらないし、綺麗に話が進むのが凄いです。
 何度も2年前の言葉が現在で反復されることや、「裏口から悲劇は起こるんだ」という言葉の意味、閉じこめた神様、アヒルと鴨の話、シャローンの猫の物語、など、そういうあたりが、椎名が言うように「二年前が正式な物語」なんだろうなと思います。この物語は外伝とかサイドストーリー、という感じ。
 でも、椎名にとってはこれが彼の本編で、二年前の話がサイドストーリーで、それで良いとも思いますけれど。


 ドルジが、「悪い奴らは鳥葬にしてしまえばいい」という琴美の言葉を、河崎が動物を連れて行きたがった林で実行するというのが、なんだか切ないです。
 ブータンでは生まれ変わりを信じているから、河崎や琴美がいなくなっても悲しくないはずなのに、とドルジがいったシーンが好きです。でも悲しかったから、そういうことをしたわけで。
 河崎が女の子とかセックスより好きなものはないのか、と訊かれて「ドルジと琴美」と答えるシーンも好きなんですが、なんかドルジにも琴美とまた違う意味で河崎が大事だったんだろうな、とか思います。上手く言えないけれど。


 あ、それと。最後でクロシバらしき犬が出て来たところとか、レッサーパンダを子供が盗むシーンとか、ドルジと解っても「河崎」と呼ぶ椎名とか、も好きです。(なにげに『陽気なギャングが地球を回す』の祥子さんの名前が出ているあたりも好き)


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